今日は例によってじゃんくのエントリから話題を拝借して書きます。
まぁ、「この前、ハルヒとにゃんにゃんする夢を見ちゃったー」と言ってた友人というのは他ならぬ僕なんですがね。先日って言ってもなんだかそこそこ前な気もしますが、気に止まってた発言だったんでしょう。きっと。ていうかこの話した後とかにじゃんくと何か色々話をしたような覚えもあったり。
で、じゃんくによる、妄想主が介在するか否かによる分類によれば、僕の妄想は(上の夢からもわかる通り)1.その中(二次元の世界)に自分を介在させる妄想になるわけです。
とは言っても僕は自分を介在させる妄想であっても、僕がそこに物語を感じる限り、基本的には自分をその物語の世界観に導入することはしません。これは、ある意味ではじゃんくと同様、物語の世界はあくまで自分とは独立に存在してて、そこに僕が介入する余地なんてないしそんなことしたら物語が壊れちゃうじゃないか、という感覚があってのことです。
でもじゃあどうして妄想に自分が介在できるかって話ですが、簡単に言うと個別のキャラの方を僕の(妄想内の)世界観に導入するのです。大げさに言ってますが、割と多くの人がそうやって妄想してるんじゃないかなぁとも思います。
ええとイメージとしてはFateのサーヴァントシステムなんですが全員に伝わらないので簡単に書くと、妄想したい相手キャラの、言うなればコピーを、自分の脳内世界に取り込むんです。その相手はあくまでコピーなので、コピーした後にすることは元の世界と関係しません。で、そのコピー相手に妄想します。イデアとその影の関係にも似てるかも。
コピーと言っても完全なコピーじゃありません。完全なコピーは元キャラを描いた人にしかできませんから。イデアとその影の比喩から連想される「劣化」ももちろんあるし、コピーするときに自分にとって興味のない部分がそぎ落とされたり、自分の好みが強調されたり付与されたりするというのもあります。まぁようするに自分用に最適化されるわけです。
僕が同人誌とかを読むときも同じスタンスで、二次創作ならさらに「そこに描かれているものが既に製作者によるコピー」ということまでくっついてきます。
そうやってキャラを自分好みにチューンして脳内に招くわけです。だから、全然違う作品のキャラ同士が一緒の妄想に登場したりします。
そのやり方からいくと、必ずしも美少女ゲームみたいなのは僕には適しません。アレらがやろうとしているのはプレイヤーをゲームの世界観に導入させようとする試みで、上に書いた妄想方法とは相性があんまりよくなかったりします。僕がゲームの世界観に入っていけるのは僕がその物語を尊重していないときで、そのようなゲームとは基本的には物語性があまりないゲームです。じゃんくの書いてた「ヒロインとHをするだけというゲーム」とかはこれに該当してます。だからそういうゲームはそもそも物語性を排して、プレイヤーが世界観に入っていく抵抗をなくそうとしているんじゃないかと考えたりもします(が、多分考えすぎw)。自分の脳内にキャラのコピーを導入するより自分が入っていく方が労力は少なくて済むので、快適といえば快適です。
上の方で「物語の世界に自分が入っていくことはしない〜」って書きましたが、こういう許容できる対象については、自分が入り込む妄想もします。あと、上に書いた「コピーによる妄想」を物語内のあるシーン(大抵Hシーンw)全体に使うこともあります。つまり、そのシーンをまるごと元の物語から切り離してコピーして脳内に展開して、そこに僕が入り込みます。その作品には物語があるけどこのシーンはそこまで重要でもないな、と思うときはこうすることもあります。純愛モノにくっついてる申し訳程度のHシーンとか。
最近は主人公の方よりヒロインの方に入っていくことの方が多いです(これも割とみんなしてることみたい?)。感情移入しやすいようには作られてないことがほとんどですが、そっちの方が僕としてはいいです。普段と違う自分になれるから。考えようによってはこのとき僕は自分のコピーを物語に送り込んでるということもできるかもしれません。
僕は陵辱系とかもプレイしたり読んだり観たりしますが、大概僕はやられる側です。過去に僕はこういうゲームをプレイしてるってだけで「自分はSなんじゃねー?」と叫んでいたことがありましたがどうもこういうゲームをやるからこそ僕はMっぽいようです。って何の話だ。
あーでもこの、ヒロインへ入ってく妄想は、自分の性的指向がヒロインに向いてるのか主人公含む男性キャラに向いてるのかわからなくなってくるという危険も孕んでるので要注意です。僕もわからなくなってます。
最近は、好きな2人のキャラ(男性でも女性でも)のコピーを脳内に召喚してその片方に自分が入り込んで妄想なんてこともします。もはやなんでもありです。まぁ所詮妄想だし。
それと付け足しになりますが、物語性のない(ちゃんとした愛に立脚しない)Hシーンはちょっと、、、っていう感じのことをじゃんくが書いてましたが、恋愛したことのない僕にはそもそも愛に立脚したHでも理解できてません。少なくとも今の僕にとってHはファンタジーでしかありません。もちろん、脈絡のあまりないHシーンとちゃんとした純愛モノのHシーンとでは感じるものも違いますが、僕にとってどちらもファンタジーであって過去の自分の経験から感じる何かがないという点では変わりません。だから何でもありです(ぇ まぁ僕が不快な罪悪感に見舞われない範囲では。
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とまぁ、僕の妄想についての考察はこんな感じ。じゃんく同様、他の人がどうなのか僕はよく知らないので、上記した内容が共感できるかできないか、普通のことなのか少数派なのかよくわからないので、冗長かなと思える部分まで書いたつもりで、でもこれで伝わらない部分もあるかもしれません。というか意外に長くなったなぁ。
結論としてはアレですよ。凛様は僕の嫁ですがその凛はあなたの知ってる凛とは少し違うかもしれないし他の人が凛を嫁にしても一向に困らないということですよ。当たり前だっつーの。